同学年の16歳少年逮捕−町田の高1女子刺殺

 こういうニュースを見ると真っ先に気になるのはこの男子生徒の親のこと。どういう家庭だったかは知らないけど、たぶん両親は彼らなりに愛情を注いで育ててきたんだと思う。しかし、息子がこんな事件を起こしてしまうと、世間からは親としての責任が追及されるし、こんな息子を育ててしまったということで彼らの全てが否定されてしまうのだ。完璧な人間なんていないように、完璧な親なんてものもいない。親が自分なりに頑張って子供を育てても、必ずしも上手くいくとは限らないのだ。俺はそれが身にしみて分かっている。俺と全く同じ環境で育った妹や弟がまっとうな人間になっているのに、俺だけがロクでもない人間になってしまった。だから、これから先この男子生徒の親が経験するであろう苦難を思うと何とも言えない気分になる。

 そして、次に気になるのは殺された女子生徒の母親のこと。鍵が盗まれた時にすぐに玄関の鍵を付け替えていればこんなことにならなかったと母親はこの先ずっと後悔して生きていくのだろう。あの時自分がこうしていればあの人は死ななかったかもしれないという思いは俺にもある。考えてもどうしようもないことなので忘れようとしているんだけど、それでも事あるごとに思い出してしまう。俺の場合は友達だったが、この母親の場合は娘である。その悲しみと後悔は俺の比ではないと思う。


■ブログで自滅する人々(第1回)〜ブログで「祭られる」人々
■ブログで自滅する人々(第2回)〜「祭り」はこうして進行する
■ブログで自滅する人々(第3回)〜彼らはなぜ「祭られた」のか?
 一般人にも2ちゃんの怖さがよく分かる文章だと思う。俺も2ちゃんのごく初期の頃はヲチ板や速報板で祭りに参加していたけど、20歳を過ぎた頃からはバカバカしくてやってない。昔は速報板なんて一つしかなかったのに、いつの間にかいくつも種類が出来ているし、正直今はもうついていけない。今はただ祭られないように細々と生きるのみ。